雲などなくても「大揺れ」晴天乱気流とは【エアポケットの嘘】

窓の外は青空それまで静かだった機内が、突然、体が浮くほど揺れる時、俗に「エアポケットに落ちた」といわれますが、空中に空気の抜けた穴があるわけではありません。

実際には、目に見えない気流による揚力と加速度の急変が起こっています。

その代表が「晴天乱気流(Clear-Air Turbulence:CAT)」です。

「エアポケット」は初期航空時代の言葉

英語の air pocket は、飛行機が突然高度を失う空域を指す言葉として、少なくとも1910年代初めには使われていました。

当時は乱流が十分に理解されておらず、「翼を支える空気の少ない場所へ飛行機が落ちる」と考えられていました。

日本でも1930年の『モダン用語辞典』に収録されています。

体感を表した歴史的な比喩で、意図的な「嘘」ではありませんが、現在の航空実務では基本的に使われず、「乱気流」「下降気流」「ウインドシア」などと表現します。

晴天乱気流では何が起きているのか

晴天乱気流は、積乱雲などの明瞭な対流活動から離れた、目立つ雲のない空域で起こる乱気流です。

主に旅客機の巡航高度、特にジェット気流の周辺で発生します。

風速や風向が短い距離で変化する「ウインドシア」が強まると、空気の層の境界が崩れて渦になります。

山を越えた風がつくる「山岳波」も、その原因になります。

飛行機がこうした領域に入ると、翼に当たる空気の向きや速さが変わり、揚力が急変します。

乗客の体は慣性によってそれまでの動きを続けるため、座席から浮いたり、強く押しつけられたりします。

大きく落ちたように感じても、長時間自由落下しているとは限りません。

パイロットはCATをどう予測している?

晴天乱気流を確実に映し出す単独の「レーダーアプリ」はありません。

運航現場では、複数の情報を組み合わせます。

情報・ツール内容
SIGMET・重要天気図気象機関が危険な乱気流の空域と高度を予報
GTG/GTGN数値予報や航空機報告から乱気流強度を面的に推定
PIREP/AIREP先行機のパイロットまたは機上センサーによる報告
EDR機種への依存を比較的抑えた乱気流強度の指標
IATA Turbulence Aware参加航空会社の実測データをほぼリアルタイムで共有
機上気象レーダー雨滴などを捉えて積乱雲を回避。ただし純粋なCATは通常見えない

一般向けの乱気流予報サービスもありますが、航空会社が使う全情報を再現するものではありません。

温暖化で晴天乱気流は増えているのか

2023年に Geophysical Research Letters に掲載されたProsserらの研究は、観測データを数値モデルに取り込んだERA5再解析を使い、1979~2020年の晴天乱気流を調べました。

北大西洋上の代表地点では、晴天乱気流に相当する大気状態の年間累積時間が次のように増加しました。

強度1979年2020年変化
弱い466.5時間546.8時間17%増
中程度70.0時間96.1時間37%増
激しい17.7時間27.4時間55%増

これは実際の遭遇時間や事故件数ではなく、再解析から計算した「乱気流が起こりうる大気状態」の時間です。

温暖化で巡航高度付近の風速差が強まり、ウインドシアが増えると考えられています。

ただし55%増のすべてを温暖化へ帰属することはできません。

2024年の研究では東アジア、中東、北アフリカで人為影響が検出されましたが、北大西洋と北太平洋では自然変動との分離・区別することはできませんでした。

乱気流による事故・墜落例

BOAC 911便(1966年)

羽田発香港行きのボーイング707が、富士山の風下側で異常に激しい乱気流に遭遇し、空中分解するという恐ろしい事故が起こっています。

乗客・乗員124人全員が死亡しています。

原因は富士山の山岳波に伴う極端な乱気流で、典型的なジェット気流由来のCATとは異なります。

また、現在の機体設計、気象予報、運航基準は当時から大きく進歩しています。

ユナイテッド航空826便(1997年)

成田発ホノルル行きのボーイング747が太平洋上で激しい晴天乱気流に遭遇。

機体損傷は軽微でしたが、乗客1人が死亡し、18人が重傷、171人が軽傷を負いました。

死亡者と重傷者は、遭遇時にシートベルトを着用していませんでした。

NTSBの2009~2018年調査でも、乱気流事故の多くは「重傷者は出たが機体損傷はない」ものでした。

現代では、ベルトをしていない人が機内で投げ出される危険の方が現実的です。

シンガポール航空SQ321便(2024年)

ロンドン発シンガポール行きのSQ321便(ボーイング777-300ER)は、ミャンマー南部上空で激しい乱気流に遭遇しました。

ただし、シンガポール運輸省の予備調査は、発達中の対流活動上空を飛行していた可能性を示しているため、こちらを「晴天乱気流の例」とはしがたいです。

一方、約4.6秒の間に加速度が大きく変化し、高度が約54メートル低下した記録は、突然の激しい揺れとシートベルト未着用時の危険を示す近年の例といえます。

まとめ

晴天乱気流は、空気のない「エアポケット」ではありません。ジェット気流周辺のウインドシアや山岳波などから生じる、目に見えない空気の渦です。

予測技術は進歩していますが、完全には捉えられません。着席中はシートベルト着用サインが消えていても、腰の低い位置でベルトを締めておくことが最も確実な対策です。

「エアポケット」は初期航空時代に生まれ、現在の航空実務では基本的に使われなくなった言葉です。空にあるのは穴ではなく、目には見えなくても絶えず動き続けている空気の流れなのです。

主な参考資料

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